合祀を気にしていなかった中国 定型化した報道はウンザリだ
『週刊ダイヤモンド』 2013年5月11日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 984
4月22日、春の例大祭で靖国神社に詣でた。春も秋も、例大祭のときは澄んだ冷たい空気が御社(みやしろ)を包んでいるように思う。空は晴れやかな青磁色、きりりとした空気が緊張感をもたらし、祖国に殉じた人々の魂が私たちを見つめていると感じる瞬間である。
それにしても靖国神社に政治家が詣でることを伝える日本のメディアの報道ぶりは少々常軌を逸しているのではないか。安倍政権の閣僚が参拝したこと、また23日朝、多くの国会議員が参拝したことを、各メディアはさも重大な誤りであるかのように報じ続ける。国会議員を含む日本国民はむしろ靖国神社に詣でるべきであるが、そのような見方は提示せず、専ら中国や韓国が強く反発すると伝えるばかりだ。
各番組キャスターたちの切羽詰まったような表情に、私はつい苦笑した。そんなに深刻な問題だと捉えているのなら、少しは掘り下げて問題の本質をこそ報ずべきであろう。定型化した参拝否定の報道はもうウンザリだ。
TBSの「NEWS23」では毎日新聞前主筆の岸井成格氏が靖国問題の歴史を次のように振り返った。
「今から35年前に実は東条元総理、A級戦犯をひそかに神社側が他の戦没者と一緒に祭る、いわゆる合祀をしたんですね。それが翌年明らかになって、なんで戦争指導者を祭ったんだとして中国や韓国から反発が強まる。こういう経過をたどっています」
岸井氏のこの説明は、意図的か否かは別にして、細部を省くことによって事の本質を隠してしまった点で、間違っていると言ってよいだろう。実は中国は「A級戦犯」の合祀を、当初は全く気にしなかった。その証拠に、合祀が明らかになった1979年の春と秋の例大祭に大平正芳首相が参拝し、12月には訪中した。その大平首相を中国は熱烈に歓迎したのである。
翌年4月に訪中した中曽根康弘代議士に対しては、中国人民解放軍副参謀長の伍修権氏が、日本の軍事費の倍増を求めた。中曽根氏は靖国神社に欠かさず参拝していたことで知られている。
靖国神社への「A級戦犯」合祀や日本の「軍国主義」に中国が真に反発し、靖国参拝が中国人の心を深く傷つけるというのであれば、中曽根氏に軍事費倍増を求めるはずがない。つまり、中国は全く気にしていなかったのだ。
だが中国は、合祀が明らかにされてから6年半後の1985年9月、突如変わった。靖国参拝に注文を付け始めたのだ。そこには内外の政治的状況の変化があった。中国の姿勢の変化の背景に、日本のメディアによる反靖国参拝報道が大きな要因として働いたことも見逃してはならないだろう。
靖国問題を理解するには、そうした政治的背景を押さえることが欠かせない。だが、岸井氏はその点に一切触れていない。言論人として、その姿勢が問われるところだ。
「朝日新聞」の24日の社説に至っては噴飯ものだ。「日本はいったい、何を考えているのか」と書いた社説子と「朝日」に逆に問いたい。「朝日はいったい、何を考えているのか」と。
同社説は「歴史問題をめぐる政治家らの思慮を欠く対応は、私たち日本自身の国益を損ねている」と書いたが、歴史問題、とりわけ慰安婦問題で国益を損ねる報道をしてきたのは他ならぬ「朝日」ではなかったのだろうか。
「何よりも肝要なのは、中国、韓国との信頼関係づくりに歩を進めることだ」とも書いているが、それは歴史問題において中韓の主張に従えと言っているように読める。
それほど日中韓の摩擦を恐れるのであれば、まず中韓両国の歴史捏造を正し、摩擦の原因を取り除く努力をこそしてほしい。メディアの責任として全体像を伝えることを心がけてはどうか。何よりもまず、「朝日」自体が、大メディアとして、事実に誠実に向き合うことが求められているのだ。